(2026.7.18)
今回の広島行きが決まった時……避けては通れないと思った「原爆ドーム」
1945年8月6日午前8時15分、一発の原子爆弾によって大勢の市民が犠牲となり
広島市は焦土と化した。
正直、広島に行くのがとても怖かったのだ。
でも……広島駅から広島電鉄の路面電車に乗ってホテルへ向かう時、
原爆ドーム前電停で「旧広島県産業奨励館(原爆ドーム)」をこの目で初めて見た。
ずっと悩んでいたけれど、実際に原爆ドームを見て
戦後80年が経ったけれど、よくここまで復興したなぁ~と感じた。
これは実際に広島市に行かなければ分からなかった感覚。
次の日の朝早くにここを訪れよう!と決心した。
本町電停付近で電車を撮影後、再び広島駅行きの電車に乗る。
本町電停の次の電停、原爆ドーム前電停で下車。




相生橋から原爆ドームと路面電車を撮影する。

土曜日の朝7時半、平日と違い交通量はそれほど多くないだろうと思っていたけれど
信号によっては路面電車と車が一緒に写ってしまう事があり
何度も撮影をした。
平日の朝だともっと交通量が多くて思うように撮れなかったかもしれない。

道路を渡って相生橋の南側へ。
この時は気づかなかったけれど、相生橋は全国的に珍しいT字型の橋だという。
(原子爆弾投下の際の目標地点となった)
もしかするとこの写真がその場所から撮った写真かもしれない。



改めて原爆ドームの前に立つ。

慰霊塔の前では頭を下げずにはいられなかった……。



原爆ドームの案内板の前に外国人観光客数人がいて、
その人たちに英語で説明をしている男性がいた。
なるほどね……と一緒に聞いていると、その男性が話しかけてきたので
少しの時間いろいろな話を伺った。

川沿いを歩いていると、音楽が流れてきた。
咄嗟にスマホの時計を見ると8時15分……原子爆弾投下の時間だ。
先ほどの男性がこちらに来たので、さっきの音楽の事を聞いてみると
「あの日の事を忘れないために毎日流れます」と。
8時23分に音が聞こえてきた方角の写真を撮った。
白い塔が建っていて、後で調べてみると「平和の時計塔」という塔で
初代平和の鐘がこの付近に吊るされていたという。


川沿いを南下、元安橋へ。

被爆した中柱2基が設置してある。
ここは爆心地から130mの距離にある橋で、
欄干は元安川に落下したものの橋事態は落橋を免れたが
点灯装置の笠石が左右逆方向にずれたという。

8時からオープンしているカフェもあり
その近くの元安桟橋から船が出航していった。

ここから宮島へ向かう「ひろしま世界遺産航路」と
市内を巡る「ひろしまリバークルーズ」の2つの船が運航していて
船の形から宮島行の「ひろしま世界遺産航路」の船と思われる。

原爆ドームの南側にある「動員学徒慰霊塔」
第二次世界大戦中に動員され空襲や原子爆弾で亡くなった約1万人の
学徒の霊を慰めるために建立されたもの。

裏側には全国41県の都府県の出身校が県ごとに刻まれていて
広島県に次いで静岡県が多かったのだ……。
その数は62校。
旧の名称なので分からない高校名もあったけれど、
R君、Sちゃんの出身校も刻まれていた……。
(さすがに写真を撮る事はできなかった)
この日の午後にもう一度Sちゃんと原爆ドームを訪れている。
今度行った時は時間をかけてゆっくりと回ろうと思う。

広島に到着した日、広島電鉄をたくさん撮っていた。
後で形を調べていたところ、原爆投下時に存在していた650形被爆電車を撮っていたのだ。
(「650形651号」1945年8月6日爆心地から約700mの中電前付近で被爆、半焼)

翌1946年3月に復旧し現在も現役で運行中。
被爆電車の写真は650形651号の写真2枚のみ。
今度は乗ってみようと思う。

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